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日本ハム10年ぶりの日本一、おめでとう! [スポーツ]

日本ハムが敵地広島で、2006年以来、10年ぶりの日本一に輝きました。本当におめでとうございます。


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北海道に長く住んでいたので、やっぱり日ハムが勝てば嬉しいですね。


北海道と言えば巨人の牙城で、巨人ファンがとても多い土地でしたから、2002年、日ハムの移転が決まった時にちょっと不安を感じていたのを記憶しています。


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今ではすっかり日ハムが定着していますから、当時のヒルマン監督や新庄選手、稲葉選手や森本選手など地元に愛される球団作りに貢献した人達の功績は大きいですね。


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それにしても驚きました。昨日の日本シリーズ、第6戦8回の日ハムの攻撃。


あんなことってあるんですね。2死からの一挙6点のビッグイニングになったわけです。


中田選手の押し出し四球の1点差勝負になると思いました。


レアード選手のホームランは、一瞬、高く上がりすぎて外野フライになるかなと思いました。きっとレアード選手もそう思ったのではないでしょうか?ガッツポーズがちょっと遅れて飛び出したようなな印象もありましたから(笑)。


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でも広島のジャクソン選手、素人ながらちょっと気の毒でした。押し出し四球の後、ピッチャーにもヒットを打たれていましたから。満塁ホームランを打たれるとはまさかでしたが、ピッチャー交替しないのかなと思いました。疲れもたまっていたのでしょう。


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それにしても中田選手の後ろで素振りをする大谷選手、確かにジャクソン選手の心理には大きく影響したでしょうね。栗山監督の作戦、アッパレでしたね。


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広島が日本一になったらなんと32年ぶりの優勝ということでしたから、広島にも勝たせてあげたかったという気持ちもありました。黒田選手の引退のこともありましたし、何といっても熱狂的なファンがたくさんいる球団で、日ハム以上に地域密着で地元志向の強い球団ですから。


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それにしても今シーズンの日本シリーズは最後まで面白いゲームを見せてくれましたね。サッカー人気に押され気味とも言われますが、こういう試合をたくさん見せてくれたら、まだまだ野球も安泰と言う気がした日本シリーズでした。


これで北海道がまた元気になればうれしいですね。


栗山監督と緒方監督、日ハムと広島の選手のみなさん、本当にお疲れさまでした。


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東急電鉄のマナー広告の賛否について [その他]

東急電鉄のマナー広告に対しての賛否が物議を醸しているようです。


「都会の女はみんなキレイだ。でも時々、みっともない」


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この広告に対して、ネットで「みっともないなんて全然思わない」、「女性への抑圧」と批判が沸き起こり、逆に広告に賛成する声も相次ぐなど、賛否が大きく分かれる状態になっている訳です。





そうですね。人それぞれ考え方が異なりますからね。何とも言えませんが、個人的には「あまり見栄えが良くない」とは思います。


でも「みっともない」と言われたら、売り言葉に買い言葉的に何か反論したくなってしまうのも世の常です(笑)。特に最近は言葉の使い方に対しての「買い言葉的」な意見がとても多いような気がします。


ただこの問題、女性だけと言うことではありません。


以前に、携帯の電気シェーバーで髭を添っている男性を見かけたことがあります。


満員電車の中でパンやオニギリを食べている人も時々見かけますし、スタバかどこかのコーヒーを持ち込んでいる人もいます。


電車の中でお化粧をしている女性の人たちには、その人たちの事はどのように写っているのでしょうね?


何が普通かは人によって異なるので何とも言えませんが、多くの人の中では、これらの事は、出掛ける前に済ませてくることだと思います。


満員電車内での飲食など、匂いの問題もありますし、もし押されたり、電車の揺れで他の人にコーヒー等掛かったらどうするおつもりなのでしょうね?見ているこちらがヒヤヒヤしてしまいます。


お化粧にしても、女性ではないので、違うと言われてしまえばそれまでですが、素っぴんってあまり見られたくないと言う人が多いように見受けられます。


それにお化粧も身だしなみのひとつですから、人に見られながらすると言うのは、やはりいかがなものかと思います。嫌でも目に飛び込んでくる周囲の人たちもあまり見たくはない光景だと思います。


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マナー違反と言うより、あまり見栄えの良くない光景と言うべきなのでしょうか?


この広告は、車内でのメイクを控えるよう呼びかけるものだそうですが、確かに人に迷惑を掛けている訳ではありませんが、見栄えの良くない行為だと感じている人がいると言うことは頭の隅に置いておいた方がいいでしょうね。


ツイッターなどでは、男性の体臭や酔っ払い、騒音、痴漢など「車内化粧」より糾弾すべきものがあるという意見も相次いだそうですね。


こちらに対しては「マナーと明らかな犯罪行為をごちゃ混ぜにしても論点がずれる」と言う意見があったようですが、これは同感です。


いずれにしても、皆で利用する公共の乗り物ですから、他の人が不快に思う行為は出来るだけ慎みたいものです。


それよりも僕は、お年寄りに席を譲らない人が多いことの方が気になって仕方がありません。


スマホもお化粧も自分の世界に入り、周りが見えなくなってしまうからでしょうか?


目の前に、腰の曲がったお年寄りが立っていても、気にも止めずに、自分の世界に入り込んでいるのですから。


もう少し何とかならないものでしょうか?


でも東急電鉄のこの広告、物議をかもしだしたという点では「大成功」ではないでしょうか?


「女性の車内でのお化粧」と言うことに限らず、電車内の自分の今までの行為を見直す人は少なからずいると思いますが・・・。

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気持ち良さそうなミニブタさん [動物]

昼休みにピッタリの癒され動画です。


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相変わらず可愛いミニブタ。このミニブタさん、本当に気持ち良さそうな顔をしています・・・





撫でられるのが終わってから急に飛び起きるところも何とも愛らしいですね(笑)。スカーレットちゃんという名前のようですよ。いい名前です。

タグ:ミニブタ
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副業や兼業について解禁の議論! [ニュースネタ]

企業の中で副業や兼業について、解禁の議論が盛り上がってきているそうです。


多くの社会人の意識の中にも「副業はやってないけない」と言う意識はきっとありますよね。


現に帝国データバンクの郵送調査によると 4,513 社中、96%が兼業・副業を「不可」としているそうなのです。


想像通りとは思いながらもここまで高いとは思っていませんでした。


企業側にしてみれば副業を禁止している理由もわからないではありません。


ちなみに公務員は勿論副業は禁止されているのですがその理由は以下の3つによるものだとか。


①信用失墜行為の禁止(国公法弟99条)
本人は勿論、所属する職場、公務員自体のイメージを壊さない、信用をなくさない為。


②守秘義務(国公法第100条)
本業の秘密が副業などを通して外部に漏れないようにする為。


③職務専念の義務(国公法弟101条)
精神的・肉体的な疲労などにより、本業に支障が出ないようにする為。


しかし民間企業が副業を禁止している理由も公務員と同様だと思います。


それにしてもどうして今まで副業がNGであったのにこのように前向きに議論されるようになったのでしょう?


記事にはこのようにありました。


「会社勤めを続けながら、勤め先に縛られない自由な発想で新しい事業を起こしたい人を支援し、経済の活性化につなげるのが狙い。」だと。


僕自身、以前勤務していた会社で、新聞配達と言う副業をしていました。勿論理由は別のスキルを身に付けるとか、余生を楽しめる分野を見つけるなんていう「カッコのいいもの」ではありませんでした。


一口に言えば、「生活の足し」です。会社の業績の低下に伴う賃金の事実上の目減り等により、生活に余裕がなくなってきたからです。


結局は、何事もなく転職をし、賃金も幸いに大幅にアップし、副業であった新聞配達も辞めることができたのですが、好きな副業であったこと、運動不足の解消、会社からも許可を得られたので現在もダブルワークをしています。


しかし僕のような恵まれているケースは稀だと思うのです。


多くは副業ができぬまま、厳しい賃金での生活を余儀なくされ・・・しかし転職しても好条件の企業に転職できるとも限りません。そしてもし副業がバレて、本業を解雇されたらなんて考えて踏み切れない人がどれほどいるのでしょう?


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ダブルワークと言っても新聞配達のように全く本業と重ならない時間での仕事等そうそう見つかりませんし、新聞配達であれば、ご想像の通り、睡眠不足になります。僕は自分で言うのもおかしな話ですが、短時間で睡眠がしっかりと取れるタイプのようで、日中は眠たい事もよくありますが、本業の方に大きな弊害も出ていません。そして何より不思議なことに風邪ひとつひかないのです。


副業と入ってもお金を頂いて働かせてもらうのです。いい加減な気持ちでは働けません。「本業の残業が長引いたから副業を遅刻しました」何て言うことが頻繁に合ったらいい迷惑です。副業は本にとっては副でも採用している側からしたら副ではなく、本業ですからね。


つまり生活のダブルワークと言ってもなかなか難しいのが実情だと思います。


「勤め先に縛られない自由な発想で新しい事業を起こしたい人を支援し、経済の活性化につなげるのが狙い。」


確かにスキルアップし、新しい分野を身につけることはとてもいいことです。


現にロート製薬など副業解禁を既に取り入れ、効果を上げているようですし。


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でもその一面とは別の一面で、なかなか景気が上向かず、賃金のアップも見込めない昨今、企業には「社員の生活を守るために、公に副業を認めてほしいとも思ってしまいます。


今の仕事を続けたい、でも生活が厳しい。副業もNG。共稼ぎも家庭の事情でできない。こういう人たちは身動きが取れません。場合によっては会社にとってもやめてほしくない人材であったとしたら。


その社員は生活のために、本当は続けたい仕事であっても、辞めざるを得ないと言うことになりかねません。


最低限、それなりの生活ができるだけの賃金を支払うことができないのなら、企業としても社員に対して、何らかの道を開いてやらなければ、これからますます厳しくなってしまうのではないでしょうか。


少々マイナス的な発想かもしれませんが、現実にはそういう人がおおいのではないでしょうか?

タグ:副業 兼業
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日弁連の「死刑廃止宣言」採択の矛盾! [命]

10月6日に日本弁護士連合会が開催した死刑制度に関するシンポジウムで、瀬戸内寂聴さん発したビデオメッセージが問題視されました。


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「(死刑制度推進派の)殺したがるばかどもと戦ってください」という部分です。


寂聴さんは問題視されたことを受け、誤解としながらも、14日付の朝日新聞の朝刊に掲載された自らのエッセーの中で以下のように謝罪しました。


「お心を傷つけた方々には、心底お詫びします」

「誤解を招く言葉を94歳にもなった作家で出家者の身で、口にする大バカ者こそ、さっさと死ねばいい」


誤解を与えたことに対してしっかりと謝罪をされていたので、さすがだなと思いましたが・・・。


それにしても驚いたのは日本弁護士連合会の採択です。日弁連は10月7日に「平成32年までに死刑制度の廃止を目指す」とする宣言案を、賛成多数で採択したと言うのですが・・・


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しかし日弁連が「死刑廃止宣言」を採択したことを受けて、弁護士ドットコムが、全国の弁護士を対象に死刑制度についての緊急アンケート調査を実施した訳です。


そのアンケート結果によると回答のあった164人の弁護士のうち、死刑制度の存廃について、ほぼ意見が二分されたというのです。


死刑制度についての考え方を質問したところ、47.0%が「存続するべき」と回答しています。


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その一方で、20.1%が「すぐさま廃止するべき」、24.4%が「将来的に廃止するべき」との回答で、両者を合わせた「廃止派」は44.5%でほぼ二分。「わからない」という回答が8.5%だったそうです。


しかし二分と言っても数字上は存続意見が多かったわけです。


何故このように意見が2分されている、それも存続意見の方が若干とは言え多い中で、死刑制度の廃止案が採択されたのでしょう?


日弁連の「死刑廃止宣言」採択の矛盾は何なのでしょう?


公正中立の立場であるはずの弁護士の集まりである日弁連の採択にはどうにも疑問符がつきますね。


一部の力のある弁護士さん達がゴリ押しで採択に持ち込んだ感が拭えません。


どういう経緯で、どのような流れで採択に至ったのか、誰が最終の判断をしたのかなどを是非公にして欲しいものです。


弁護士と言う職業柄からしても法を変える権利はないにしても、社会に与える影響は大きいと思います。


意見は人それぞれありますから、否定はできないにしてもまるで密室の中で行われたような採択の仕方は弁護士と言う職業にはもっとも似つかわしくないものだと思います。


今回のアンケートで自由回答でコメントを求めたところ、「存続するべき」と回答した弁護士からは、「被害者感情への配慮」、「終身刑などの代替する制度が整っていないため」などの声があったそうです。


日増しに増えていると思われる凶悪犯罪、児童虐待、いじめによる集団リンチなどの記事を目にするだけで、大きな怒りがこみ上げてきます。


身内や家族じゃなくてもです。これが家族であったなら、その怒りや悲しみは想像を絶するものがあります。


「すぐさま廃止するべき」、「将来的には廃止するべき」と回答した弁護士からは、「誤判がありうるから」「国家が個人の命を奪うべきではない」、「現在の無期刑では死刑の代替刑とならないから、重い無期刑(仮釈放がないなど)を整備すべき」などの意見があったそうです。


どなたかの投稿に「自分が被害者遺族であっても同じことが言えますか?」なんて言うのがありました。


最も尊重されるべき人命。だから国家が権力をカサに奪うべきものではありません。それは誰もが理解できることだと思うのです。


しかし死刑制度は、人命軽視でも国家権力による殺人でもありません。


人の道をあまりに踏み外した行為に対して、慎重に慎重を重ね、十分な審議をした上で科せられる刑罰です。


犯罪を犯したことに対する刑罰、それも一番重い犯罪を犯したことに対する刑罰なのです。


死刑制度を廃止したら凶悪な犯罪は増えるかどうかは問題ではありません。凶悪な犯罪に対する最も一番重い刑罰として、その選択肢を国家として持っておけばいいのです。


死刑制度が、犯罪被害者の支援や人権擁護の役に立っていると思っているかどうかを尋ねたところ、45.7%が「はい」、31.1%が「いいえ」、23.2%が「わからない」と答えています。


「殺してやりたい程憎い」と言う表現があります。愛する人の命をある日、突然、無慈悲な手段で奪われたとしたら・・・。誰もがそういう心境になるのではないでしょうか?


23.2%の「わからない」と答えた弁護士さん、わからないはずはないと思うのです。


何かが邪魔をしてそういう答えを述べたのではないでしょうか?というかそう思いたいですね、

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ミニブタの上で遊ぶ子ネコたちにホンワカ気分です。 [動物]

今日はこの動画で癒されっぱなしです。


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ミニブタの上で遊ぶ子猫たち。落っこちそうになりながらも又よじ登って(笑)





しかし単独で見たら小さくて可愛いミニブタも、こうしてみると大きくて、さらに物おじせずに眠り続けている姿をみると貫禄モノですね(笑)


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画期的な便秘イスのきっかけは「母親の便秘」! [健康]

スゴイですね!便秘イス。


便秘で悩まれている人はたくさんいますが、なんと薬などに頼らず、姿勢を変えるだけで便秘に効くというイスがアメリカで注目を集めているそうなのです。


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その名も「スクワティポティー(Squatty Potty)」。アメリカでは「一つの運動を巻き起こした」と言われるほど注目を集めているようです。今では売上が18億円をこえる巨大ビジネスになっています。


スクワティポティーを発明したのは、ユタ州の41歳のロバート・エドワード(Robert Edwards)さん。


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そしてその便秘イスの発明のきっかけとなったのが母親ジュディーさんの便秘だったのです。


ロバートさん曰く、「母は長年便秘に悩まされていました。ある日、お医者さんのアドバイスで、洋式トイレの前に小さい椅子に足を置いてしゃがむ姿勢になったら、便通が楽になったんです」


でも毎回椅子を運ぶのは大変だし、我が家の狭いトイレの中では、何回もつまずきそうになっていたということで、考えたのが洋式トイレにぴったり収納できるような「U」字型の椅子だったそうなのです。


確かにすわった格好を見る限りでは、まさに和式トイレに座った時と同じような格好になりますね。


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ロバートさんはスクワティポティーの効果についてこのようにコメントしています。


「基本的に人間の体はしゃがんで用を足すように作られています。日本の和式トイレを考えればわかりやすいですよね」


「洋式トイレが普及したことで、直腸が十分に伸びることができず、便の通りが阻害されてしまった。お医者さんが母に椅子を使うことをすすめたのも、しゃがむという自然な姿勢を取り戻すためだったのです」


確かに一昔前までは、ここまで便秘は問題になっていなかったように思います。


洋式トイレが普及し、現在学校なのでも、洋式トイレが導入されていますね。


和式トイレでは用をたせない子供たちもいるというのですから驚きです。


和式トイレは合理的な、健康を考えたトイレだったのですね。それを考えたら無くしては駄目ですよね。バランス良く、設置してほしいですね。


実は最近こんなことがありました。


誰もが一度は経験していると思いますが、その日通勤途中の電車の中で腹痛が・・・。


トイレに行きたくなり、このままでは危険な状態に・・・。


何とか駅に到着しトイレに駆け込みましたが、なんと大の方は長蛇の列です。なぜ「朝からこんなに並んでいるんだ!」と神を呪いたくなりましたが、思い切って会社まで我慢しようとその長蛇の前を通り過ぎました。ところが出口に近いほうの大のトイレが一つだけ開いているのです。勿論、藁にもすがる思いで飛び込みましたが、なんとそのトイレが和式トイレだったわけです。


僕は和式トイレに抵抗は無いし、そんなことを考えている余裕もなかったので、何のためらいもなく飛び込み、無事ことなきを得たのですが、正直言って、後になって何故、あのトイレだけ開いていたのだろうと疑問に思いました。でもその時には危機が去ったという安堵感の方が強く、その時そのようなことは考えもしませんでした。


しかししばらくして、また同じ状況がありました。その時、この間のようにうまく一つだけ開いているなんて言うことはさすがにないだろうと思いながらトイレに入りました。


そうしたら、なんとまたまた行列ができているにも関わらず、出口に近い和式トイレだけが空いていたのです。勿論利用しました。


そもそも朝から行列を作ってトイレを待っているのです。皆さん、それなりに切羽詰まっているはずだと思うわけです。そのような時に和式だとか洋式だとかに普通こだわるものでしょうか?


それが不思議でなりませんでした。ということはもしかしたら洋式では用を足すことができないのでは?と思ったわけです。


でも行列の中にはいい歳のおじさんもいました。小中学生や若い人なら理解できなくもありませんが、いい年をしたおじさんまで和式ではできないというのはどうなんだろうと。


それとも和式トイレが空いている事に気づいてなかったから?


本当に不思議です。


でも和式トイレは確かに足腰に負担がかかりますから、お年寄りや足腰に痛みを抱えている人には辛いトイレです。


それを考えたら、画期的な案ですね。どうして今まで誰も感がえなかったのでしょうね?





参考までにスクワティポティーの日本語サイトはこちら!


タグ:便秘 解消
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ダウン症の方へのアンケートで幸福度は9割以上! [その他]

ダウン症のある人たちを対象にした初の大規模アンケートの結果が発表されました。アンケートに回答したのは12歳以上の852人です。


その結果を見てまだまだ世間も捨てたものでもないなと言うことを感じました。


アンケート結果の一部は以下の通りとなっています。


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「毎日幸せに思うことが多い?」

はい…71.4% ほとんどそう…20.4% 


なんと二つを合わせると「幸せに思う」は9割を越えています。


「仕事をしていて、満足な気持ちがありますか?」

はい…66.0% ほとんどそう…21.7%


こちらも合わせると9割に手が届きそうな数字です。


どれだけの人がこの質問に自信をもって「はい」と言えるのでしょうね?


ダウン症は、生まれつきの染色体異常です。人間の細胞には、遺伝にかかわる染色体が46本あるそうなのですが、ダウン症の場合はそれが1本多いそうで、約800~1000人に1人の割合で生まれているそうです。多くの場合、知的な発達に遅れがあって、ゆっくりと成長するとのこと。


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ダウン症はよくエンジェルベビー等とも言われていますね。僕の廻りにもいらっしゃいます。そのご家族がお店をしているのですが、いつもお手伝いしています。時には不機嫌そうな顔をしていることもありますが、多くはニコニコしながら自分に与えられて仕事をしています。ご両親とのやり取りを通りすがりに見かけることがありますが、とても微笑ましく思います。


今回の質問には「お父さんやお母さんは自分のことを大事に思ってくれていると感じるか」といった質問もあったようですが、その質問にも8割の人が「はい」と答えているのです。


19歳以上の人の7割以上が、一般企業や作業所などで働いていますが、それらの人たちは働きながら、満足を感じているというのですから、ダウン症に関しては周囲の人たちからも受け入れられていると言うことなのでしょうか。ダウン症と言う障害の特徴がそうさせているのでしょうか?


諏訪中央病院の医師である鎌田氏はダウン症の人は、「みんな元気で明るく、1人いるだけで周囲の空気を良い方向へ変える力を感じる」コメントしています。


そういう不思議な力が周囲の人たちをそうさせているのかもしれませんね。


ダウン症には根本的な治療はなく、またダウン症の二次障害として起こりうる病気を予防・治療する薬物療法も現状ほとんどないそうです。


現在、妊婦さんの血液からダウン症など、胎児の染色体を調べることができるようになり、もしダウン症であることが判明した場合、中絶を選ぶ人も多いということもわかってきているといいます。


難しい問題です。命を宿した時点で子供の人生がスタートします。


今回のアンケート結果を見ると確かに勇気付けられますね。


周囲の理解とサポートがあるとは言え、育てるのはご両親です。中にはそういうサポートを受けられない環境で育てていかなくてはならないのかもしれないのです。経済的な問題も無視できません。そのことを考えるとき、周囲がどうこう言えるような問題ではないという気持ちにさせられてしまいます。


でもこう言う情報がもっともっと広がり、ご両親がせっかく授かった命を前向きに考えられるような世の中になればいいですね。


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障害はダウン症だけではありません。まだまだ障害者の人たちに優しい社会とは言えないのが実情だと思います。


確かに普段から障害を持たれている人たちと接する機会が殆どの人はありません。


そう言う機会がもっと増えればいいのですが。


でもきっと障害を持たれている人たちや関係者の人たちはそう言う発信をしているのでしょうね。


もっと健常者の人たち自らそう言う発信を敏感に感じて、関わって行かなくては、歩み寄っていかなくてはならないですよね。

タグ:ダウン症
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死刑制度批判の寂聴さんのコメントに波紋! [命]

6日に福井市内で開催された死刑制度に関するシンポジウムに作家で僧侶の瀬戸内寂聴さん(94)がビデオメッセージを寄せました。


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しかしその死刑制度を批判したビデオメッセージが波紋を呼んでいます。


そのメッセージの中に「殺したがるばかどもと戦ってください」という発言があったからです。


当日の会場には全国犯罪被害者の会(あすの会)のメンバーや支援する弁護士もいたようです。その弁護士からこのようなコメントが出されたのです。


「被害者の気持ちを踏みにじる言葉だ」


「被害者はみんな加害者に命をもって償ってもらいたいと思っている。そのどこが悪いのか。ばか呼ばわりされるいわれはない」


寂聴さんのこのコメント、前後はこのようになっています。


「人間が人間の罪を決めることは難しい。日本が(死刑制度を)まだ続けていることは恥ずかしい。人間が人間を殺すことは一番野蛮なこと。みなさん頑張って『殺さない』ってことを大きな声で唱えてください。そして、殺したがるばかどもと戦ってください」


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寂聴さんらしからぬ過激な言葉です。


確かに今回の発言は聞き方によっては、犯罪被害者を中心とした死刑存続を望む人を「ばか」と呼んだとも受けとることもできます。


現にこの発言を報じる産経新聞記事を載せたヤフーのコメント欄には


「人の気持ちが分からない方だ」


「まず、被害者や遺族をひどい目に遭わせたばかどもがいますけど、それにはノータッチですか?」


などと瀬戸内さんに批判的な声が多く書き込まれたそうです。


発言が出た翌日の10月7日に行われた日弁連の人権擁護大会では死刑廃止宣言が採択されましたが、出席者からはビデオメッセージを疑問視する声が続出したのです。


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日弁連側は、瀬戸内さんの発言は犯罪被害者ではなく「死刑制度を含む国家による殺人」に向けられたものだと釈明しながらも、「配慮がなかった」などと陳謝しています。


確かにこのような大きなシンポジウムで、参加者の気勢をあげるには多少過激な言葉を使用することも理解はできます。しかし配慮に欠けていたことは否めません。


死刑制度の賛否は本当に難しい問題だと思います。個人的には賛成なのですが。


世論調査でも死刑制度容認派は1994年には73.8%、1999年には79.3%、2004年には81.4%2009年には85.6%、2014年には80.3%と容認派が多数を占めています。


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確かに冤罪と言う絶対にあってはならない大きな問題があります。


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社会環境や家庭環境、教育環境などが加害者に大きな影響を与え、中には加害者すらある意味においては現代社会の歪の被害者と言う考え方もできなくはありません。


また昨今、死にたいから他人を巻き込むような事件を引き起こすという死刑制度を逆手に取るような事件も気になります。


しかしやはり、最優先されるべきは「被害者とその家族」であるべきだと思うのです。多くの場合、被害者は何の関係もない罪もない人たちです。その命がある日、無残に奪われるのです。


どのような事情があってもその事実が間違いなければ、償わなくてはなりませんね。死刑が適応されるような犯罪はもはや取り返しのつかない犯罪と言っても過言ではありません。


死刑制度という極刑が他の犯罪を抑止する効果は統計的には証明されていないそうですが、僕はそんなことは絶対にないと思います。


前述したように自ら自暴自棄になり、死を望むんでいるような人には効果はないでしょう。


しかし多くの場合、自分の快楽、欲求を満たすために犯罪を犯しています。それは生きている事が前提の犯罪なのですから、その前提の生が奪われるのです。


僕も含め、自分が「今から死刑が執行され、命の灯が消される」となった時の恐怖心は想像を絶するものがあると思います。それがいつ執行されるかわからいとなれば、執行までのそのストレスたるや相当大きなものだと思われます。


極刑の次に重い無期懲役といっても、恩赦や特赦などの制度や服役態度がよければ社会に出てくることもあります。現在、一生涯刑務所を出られない、正に終身刑の制度も検討されているようです。


しかし以前にも投稿したことがあると思いますが、人間の順応性を考えれば、過酷な刑務所生活であっても、長くいれば「住めば都」になってしまうのです。


命を奪われる心配がなく、三食がつき、寝どこにも困らない生活、少なからず多少の娯楽もあるでしょう。


そのことを考えると「無期懲役」と「死刑」とは天と地ほどの差があります。


あくまでも死刑制度は「罰」なのです。


犯罪を犯したのですから、理由はどうであれば、罰を受けなくてはなりません。


ですからその犯罪の重大性によって、「死刑」と言う「自分の命を持って償う」と言う一番重たい「罰」があってもしかるべきです。


しかし一番重たい「罰」だからこそ、それを適応させるには慎重に精査する必要があるわけです。


死刑制度反対派の意見、言いたいことも良く理解はできますし、共感できる部分も多々あることも事実です。


しかし最優先されなくてはならない被害者感情、死刑制度による犯罪の抑止力、これらのことを考えると、個人的にはやはり死刑制度の存続には賛成です。


このようなことを考えてはいけないのかもしれませんが、僕なら「死刑」すら生ぬるい、自らが犯したのと同じ方法で、「どれだけ被害者が怖かったか」、「どれだけ痛かったか」「どれだけ無念であったか」を自らが感じながら刑を受けろと考えてしまいます。


もし自分の身内、愛する者が突然、命を奪われたとしたら・・・


それでも死刑制度反対と言い続けられる事が出来る人が果たしてどれだけいるのでしょう?

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人の寿命の上限を発見! [命]

驚きました。このような研究論文が発表されるとは。


なんと「人の寿命の「上限」を発見した」とする研究論文が5日に発表されたのです。


その上限とは・・・122歳。


米アルバート・アインシュタイン医科大学の研究チームが世界40か国以上の人口統計データを詳細に調べ、長年続いた最高寿命の上昇が1997年頃に横ばい状態に達していたことから、すでにその終点に「到達」していたことを突き止めたというのです。


その1997年というのが、フランス人女性ジャンヌ・カルマン(Jeanne Calment)さんが前人未到の122歳と164日で亡くなった年であったことからそのように判断したようです。


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論文の共同執筆者で、アルバート・アインシュタイン医科大のブランドン・ミルホランド氏は、AFPの取材に「それ以降は、世界最年長者が115歳前後という傾向が続いている」と説明しています。


でもそれをもってして人の寿命の「上限」とするのも少しさびしい話です。


しかし病院にも行かず、薬の力も借りず、人間が本来もっているであろう自身の生命力と、運動、大地の恵みである食事だけで一体どれだけ長く、元気に生きられるのでしょう?勿論自然な衰弱を含めての話です、


医療の技術が進歩したことにより寿命は大幅に長くなりましたが、医療の力を借りた時点で、「生きている」から、「生かされている」に変わってしまいます。


医療の力を有効に活用することによって長生きできる寿命と人間本来の力で生きられる寿命、はたしてどれだけの開きがあるのでしょうね。


フランス人女性ジャンヌ・カルマン(Jeanne Calment)さんが前人未到の122歳と164日で亡くなったとことですが、カルマンさんの寿命は医療の力を借りた寿命だったのでしょうか?


勿論医療の力、薬の力を借りながらも、寝たきりにならず、それなりの生活の質が保たれているのであれば全く問題ないと思いますし、本人も長生きしたいと思うでしょう。


日々、愛する家族との触れ合いがあり、美味しいものを食べ、適度に体を動かし、仲間と語り合い、時代の変化を楽しめる生活であれば、こんなに楽しい人生はないですものね。


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それらの多くが叶わなくなった時、寿命を迎えていなくてもきっと精神的な寿命はきっと事切れてしまうのでしょうね。


そうならないためにも今を頑張らなければなりませんね。

タグ:寿命 上限
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